ねえ モコモコで動きづらいくらいに厚着をしてさ
あの ここら辺りでそこそこ高いビルの屋上でさ この 空から降りてきた今年一番のフワフワの雪をさ いま 一緒に見にいかないかなって 思ってる ツライ時に ツライなんて言えない
クルシイ時に クルシイなんて言えない サミシイ時に サミシイなんて言えない そんなことクチにしても ナニも変わらない ツラサや クルシサや サミシサは消えてくれない タノシイ時に タノシイって言われると ホントニ?って思ってしまう 疑ってしまう ショウジキな感情の在り処が もうわからない コトバなんて それくらいのモノ だってミエナイんだもの コトバは 文字じゃないから ねえ ボクはね
もうすっかり抜け殻でね 何日も 何週間も 何か月も そんな感じでね ねえ ボクはね もうすっかりぽんこつでね 何を食べても 何を見ても 何を聞いても そんな感じでね ねえ ボクはさ もうすっかり何もいらないってさ 潔くなったつもりでさ でもそれは 潔いってことではなくてさ 見捨ててたんだ ボクを取り巻くモノを 切り離してたんだ ボクの中の善人を 穴の中に閉じ籠った自分を 自分で見て見ないふりをしていた ボクしかボクを救えないのに ボクはボクが救わなきゃいけないのに キミしかキミを救えない キミはキミが救わなきゃいけない ボクもキミも
君の利き手の袖がほつれている
そんな袖が好きだよ 君の利き耳の髪が耳にかかっている そんな耳が好きだよ 少し照れながら自分の事を言う そんな君が好きだよ 言葉の先に何があったのか
言葉の前に何があったのか 言葉の中に どれだけのものがあるのか 振り回された と思うか、
自分の対応レベルはこの位か と思うかで、 その時の自分の糊しろがわかる。 瞬間的に憤ることはあるだろうが 一呼吸して冷静になれば 執るべき行動がそこにあるのだと思う
労せず手に入れたものに価値を感じるだろうか。
安穏と過ごしている私は平和の意味をわかっているだろうか。 湖に張った薄氷の上に立っているのかもしれない。 その氷が割れたとき、私はどれだけの力が出せるのだろうか。 私は誰かの支えになれるだろうか。 私は誰かに支えられるのだろうか。 それだけの何かが 私にあるだろうか。 私は何をわかっているのだろうか。 何を見ない振りでやり過ごしているのだろうか。 貴方のSOSを 私は知ることができるだろうか。 そのSOSに私は向えるだろうか。 手探りでも 無駄足になっても その時に分かり合えなくても 見つけ出したい。 can't talk to me?
won't talk to me? don't want to talk to me? 扉を開けるには
呪文を唱えるか 鍵を使うか 蹴破るか 実はノックをするだけで開くかもしれない 聞きたい言葉があるなら
その言葉を引き出す為に 先ず何をしなければならないかを 見つけなければならない 日めくりカレンダーの様に
一日で破り捨てるつもりの 小さな言葉だとしても だとしても 仮に そうだとしても 誰かがそれを拾ったら 自分だけの言葉ではなくなる 言えないけど
できないけど あなたを 思ってるよ 決まり事の中で 決められない価値を 誰もが 考えてる 誰もが何処かで 共有してる これは 独りよがり? ねえ
君の中に 少しでもボクがいたら 見ていて ねえ 君の中に 少しでもボクがいたら 聞いていて ねえ ボクの影が 少しでも見えたら… 待っていて 行くから 君のそばに 行くから ねえ そこに いてね ね そこに いて
最後に抱き締めさせてくれなかったうつむいた姿が
突然の決意の表明に対する申し訳なさだと 分かるに十分な翳りが ただただ ただただ 無口にさせた 雨があがったら 乾いて消えてしまう
川の小さな支流のように うっすらと残った 思念の後先を 想像させる残留物
同じような 景色
同じような 意見 同じような 状況 同じような 人たち 何度となく 繰り返されていく思考 しかし "それ" は決して 同じではない "それ" は 二度はない サイクル に見えて 螺旋 スウィング に見えて 波形 時の概念が 存在する限り 少ない言葉でもいい
すれ違うだけでもいい 目が合わなくてもいい 背中が見えるだけでもいい 影を追えるだけでもいい 近くにいなくてもいい そこにいてくれれば いい 明日をみつめて 今日を過ごして それだけで いいから 水の入ったグラスの向こうを見ているような
光が屈折していて上手く前が見えないような 反射して大きく見える自分の瞳が 知らない誰かの冷たい視線のようで 自分で両肩を強く掴んで かろうじて立っているような そんな そんなような 焦りのような そんな そんなような 孤独のような そんな そんなような feel like that... 以前は「詩」と言ってしまっても良い何かが自分の中にあったのだけれど、
最近は「詩です」と言えない何かがあって、 「散文」だの「駄文」だのと逃げていることは自覚している。 自分の言葉にどのくらいの裏づけがあるのかを自問している。 確かに「フィクション」として成立させていたいのは昔からそうなのだけれど、 自分が思考したリアルはあって・・・。 何か違うフィールドで迷っている感じ。 まあ、迷いながら書いていく。 今までと同じか(笑) 私達は生きていく上で色々な物に縛られる。制約される。
だから、せめて自分自身を雁字搦めにしないように、私は自分をなるべく決めつけないようにしている。(ジョークとして言う事はあるにしても) 更に、これを言う事によって"自分を決めつけない"と決める事もしない、と付加しておく。 個体に呼び名が有ろうと無かろうと、個体はそこに存在するし、時空を歪ませるのだ。
単なるネームプレートに拘っても本質(又は問題)はそこには無い。 ラベルは必ずしも中身を表現するものではないし、また、表現しきれるものでもない。単なる記号なのだ。 私で言えば、「女」とか「marcial1219」とか「アラフォ」とか「レズビアン」とか「日本人」とか、こういったもの全てが記号なのだ。それらから想起するのは記号のイメージだけ。記号が既に持ってしまった印象でしかなく、いくらそれを連ねても「=私」(イコール私)にはならないのだ。
黙している事のストレスと
発している事のストレスと どちらが よりストレスフルなのか
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詩のような散文のような
思う事をその時の気分で都合よく切り取った言葉を連ねています。 基本的にフィクションです。 2010.3.11
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